エクタス合格体験記2017

エクタス合格体験記2017

今年めでたく筑駒・御三家合格を飾ったエクタス生の体験記をご紹介します。次はあなたの番です! (50音順)

「エクタスからの最高の贈り物」
伊沢 楓

進学校:武蔵中
合格校:巣鴨中・栄東中

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僕が宇都宮からエクタス池袋校の入塾テストを受けたのは小4のときだった。結果は、国語は全くダメ、算数が出来たから合格にする、の一言。それから一年間新幹線で通塾し、4年生の後半で東京の小学校に転校した。それからは自分の出来なさにおどろき、5年生になってから、より一層エクタスの友達と差が開く一方。心の中はぼろぼろの状態だった。
ある時、理科のプリントに書いてあった言葉「エクタスは己から学ぶ人の塾」という意味の言葉が、僕のプリントに書いてあった。僕の居場所がないのかな…と悩みましたが、僕はやめたくない、と心を強く持つことに決めました。これを機会にまず理科社会は覚えることに専念し、自分の暗記力を信じることができるようになり、それが救いでもあった。
そして6年生。母親の望む学校との衝突。まして、成績的にかなり厳しい状況で、白田先生と話す機会があった。そのときに白田先生から「君は武蔵に向いている」と言われてとても嬉しかった。その後はやる気が入り、過去問と向き合い続けました。
あるとき、武蔵の国語の過去問で高い得点を取ることができ、自信を掴むことが出来ました。入試直前の冬期講習は体調が悪く欠席で先生方に心配をおかけしましたが、熱はあっても出来る範囲のことはしました。そして、入試直前には、1度解いた過去問をやり直し、1本終えると滝澤先生が用意して下さった計算問題を数枚解く、というのを繰り返して算数も自信がついて、最後に大きく自分が変化したのを確信しました。
そして前日に諸先生方から温かい「励まし」を頂き、バッヂ・応援の入った名刺・言葉の入った鉛筆・だるま・サイン・算数の試験前に読む注意もみんなバッグに詰め込み、翌日、武蔵中に到着。心の中は静かでした。
入試後、エクタスに寄り、何かをとらえたような気持ちの自分、そして翌日の夕方、番号を見つけたときに「頑張って良かった」としみじみ味わった。こんなに素晴らしい学校に合格出来たのは、先生方のおかげです。本当にありがとうございました。

伊藤 海雲

「最後の教え」
伊藤 海雲

進学校:慶應義塾中等部
合格校:麻布中・立教新座中・市川中

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ぼくは小学校2年生の時からエクタスに通い始めました。最初は池袋校の近くに住んでいましたが、5年生のときに千葉県に引っ越して、池袋校に通うのに1時間以上かかるようになったため、父に近くの塾に通うように勧められましたが、僕は「エクタスの先生」に教わりたくて、池袋校に通い続けることにしました。
そのため、他の同級生と比べて移動時間が長くなり、勉強時間が減るようになりましたが、僕はその分を誰にも負けないぐらい努力してきました。時には心が折れそうになりましたが、先生方や家族が支えてくれて、本番当日を迎えることができました。 その日、滝澤先生が僕の手を握りながら目を見て、「よく読めよ、もう1回読めよ。もう1回読めよ。3回読めよ。」と言ってくれました。とてもパワーをもらえた気がして、自信を持って受験することができました。
合格発表の日に自分の受験番号を見つけた時には急に力がぬけて思わず「あった!」とさけんでしまいました。そのときの喜びは今でも忘れられません。 僕はどうしてもやりたいことがあったので、進学先には慶應義塾中等部を選びましたが、御三家である麻布中学校の合格は自分の誇りや自信になりました。 滝澤先生は、僕を2年生の時からずっと見守ってきてくれました。また辛くなった時でも全力でサポートしてくださいました。
最後の2ヶ月はまるでエクタスに住んでいるくらい勉強していたので、受験が終わった今は何か物足りなささえ感じます。
中学受験を乗り越えられたことは、僕の自信に繋がると思います。 今まで僕を教えて下さった、滝澤先生・白田先生・相馬先生・川島先生・山武謳カ・高梨先生、今まで本当にありがとうございました。
僕はエクタスでの経験を一生忘れません。

尾崎 健太郎

「何度も流した涙」
尾崎 健太郎

進学校:麻布中
合格校:栄光学園中・浅野中・東京都市大学付属中(U類)・栄東中(東大特待)・市川中

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僕は3年生の秋からエクタスに入塾した。入った頃は楽しく勉強していたが、4年生や5年生になると宿題の量が多く苦労した。6年生の5月に麻布の文化祭へ行き、麻布生の楽しそうな姿を見て、一気に麻布が憧れから目標に変わった。
6年生の9月にPA(パーフェクトアプローチ)が始まり、麻布の過去問を解き始めた。算数は初め30点前後しかとれなかったが、滝澤先生に27年分を見てもらい、35点以上とれるようになった。社会では記述問題をうまくまとめることができなかったが、田島先生に解き直しを見てもらい、対応できるようになった。少し苦手だった理科は、松井先生のアドバイス通り問題文の読み落としを減らすと、着実に点数が上がっていった。25点程度しかとれなかった苦手の国語では、高梨先生、永吉先生や齋藤先生に見てもらい、何年分も書いた。最終的には40点もとれるようになった。
ついに入試が始まった。1月10日の栄東では緊張のなさが原因で国語の時間配分を10分間違え、東大選抜不合格。更に2日後にあった栄東東大選抜Tでは、得点源の社会でとれなく1点差で涙。これをきっかけに猛勉強した。いつも国語の時間に泣かされていた泣き虫の僕は、1月31日にあった壮行会でも号泣してしまい、最後まで先生方に心配された。
いよいよ2月1日。当日は早起きし、国語の原寸大の過去問解答用紙に、プライオリティーポイントの解答を書き写し、解答欄への記入文字の大きさと書く速さの確認をした。しかし僕は今までの試験以上に緊張していた。広尾の駅から麻布まで行くのが怖かった。麻布に入って富山先生、松井先生、滝澤先生や長岡先生に激励の言葉をいただいたことで緊張がほぐれ、いつも通り受験をすることができた。2月3日を迎え、麻布に行って自分の番号を見たときには本当にうれしく、またもや泣いてしまった。
泣き虫の自分を今まで支え続けてくれた先生方に感謝しています。本当にありがとうございました。

「努力の成果」
小澤 仁史

進学校:武蔵中
合格校:海城中・巣鴨中・栄東中(東大特待)・立教新座中

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エクタスとの出会いは2年生のときだった。まだその頃は算数というよりパズルのようなプリントで、とても面白くどんどんのめりこんでいった。4年生になると理科と社会が始まり、算数も本格的になっていったので一気に勉強に対する熱意は下がってしまった。
それからというもの僕の成績は下がり続け、理科のテストで1点を取ったり、自習室にほとんど行かなかったりと不適当な受験生生活を送っていた。当然、先生方の期待もなくなっていき、このままだと不合格まっしぐらでした。
僕が本気で努力をしようと思ったのは6年生の初めの頃であり、それは第一志望校開成にしがみつきたかったからである。もちろん、そんな短期間の勉強で開成にしがみつけるはずは無かった。このとき僕は、人生最大の屈辱と人生最大の転機を味わうことになる。その転機というのは武蔵中学校との出会いのことだ。
武蔵中学校は寡黙な性格が合っているとして白田先生に勧められました。最初のうちは武蔵のことは何も知らず、合っていると言われてもそこまでしっくりこなかった。しかし武蔵の過去問を解いてみると算数の奥深さや観察を中心とした理科のおもしろさに触れることができて、学校に行って校風を感じとることで武蔵中学校の良さと合っていると言ってくれた理由が分かったので武蔵を本気で目指そうと思えた。過去問のでき具合は新しく得意になった理科をのぞいていまいちであった。算数に関しては波があり、不安のある教科だったし、国語はお手上げ状態だった。こんな僕が武蔵に合格出来たのは、エクタスの先生方の最後まで見捨てずに怒ってくれるという思いと、自分の努力にあると思います。
ひたすら直しの日々でぎりぎりまで過去問をやっていた僕には辛いこともいっぱいあったけど、個性的な仲間と先生方に支えられたおかげでがんばれました。合格したときはエクタスに通って本当に良かったと感じました。ありがとうございました。

「合格への3年間」
梶本 未來

進学校:豊島岡女子学園中
合格校:雙葉中・広尾学園中・都立武蔵中・浦和明の星女子中・栄東中

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「エクタスがいい。」
三年生の後半、私は四つほど吉祥寺にある塾をまわり、単純に室内がきれいだったからという理由でエクタスを選びました。最初はハムスターが飼いたくて、両親に「近所の都立三鷹に合格したらハムスターを飼ってもいい」と言われたのが始まりでした。
三年生の頃は緊張していたせいか真面目に取り組んでいましたが、四年生になるとだんだん宿題などもきちんとやらなくなっていきました。
五年生になった時、先生に「雙葉が向いている。」と言われました。最初はあまり自覚がなくて、「雙葉?」という感じでした。そのせいか、六年生になっても成績が上がらず、五年生の頃までは得意科目だった国語もどんどん取れなくなっていきました。
そんな私にエンジンがかかったのは六年生の夏でした。母親にも先生にも「夏の頑張りで受かるかどうか決まる。」と言われ、今までのゆるんでいた気持ちも引き締まり、絶対に合格しなくてはいけないんだ、とようやく自覚できるようになりました。なので、夏休みの間は朝の九時からエクタスに行き、夜の九時まで毎日ずっと勉強し、国語も徐々にとれるようになり理科も得意科目になっていきました。
そして2月1日。あまり緊張せずに試験に臨むことができました。国語と理科はいつも通り取れましたが、苦手科目だった社会は記号問題ができず、算数でもケアレスミスをいくつもしてしまい、発表の日までとても不安でした。2月2日に、母からのメールで合格を知らされた時は言葉にできないほど嬉しかったです。結果的に私は雙葉中ではなく豊島岡女子中に進学しますが、雙葉へ向けて勉強をしてきたからこそ、受験校すべてに合格できる力がついたのだと思っています。
最後に、ここまで私を育てて下さった先生方、本当にありがとうございました。

「苦手克服への道のり」
金井 祥平

進学校:麻布中
合格校:浅野中・世田谷学園中(特待)・栄東中(東大特待)

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僕がエクタスに入塾したのは六年生の九月という大変遅い時期でした。エクタスに入塾するまでは受験への意気ごみが弱く、塾には行かずにZ会の通信教育で自宅学習をしていました。Z会だけでそれなりの力はついていたのですが、基礎がところどころぬけていて、しかもそれをほったらかしのまま勉強を進めていたためなかなか成績が上がらず、第一志望である麻布中学校の受験をあきらめようかと思った時期もありました。そこでこのままではまずいと思いエクタスに入塾しました。
エクタスに入塾してからはとにかく基礎の確認を徹底して行いました。そのころ僕は理科と社会が大の苦手で、悪いときは模試での偏差値が30台というときもありました。しかしエクタスで基礎を徹底して行ったため、だんだん理科と社会もできるようになっていきました。しかもエクタスの先生方は生徒一人一人をしっかりと見ていて、国語では中村先生と蛯名先生が過去問を添削してくださり、算数では長岡先生が僕の苦手な速さの教材を下さりました。また、理科では深川先生からいただいたまとめの教材がとても役に立ち、社会では大野先生が平日も補講をしてくださいました。
受験直前にはエクタスの先生方のきめ細かい指導により国語は記述がさらに得意になり、算数は苦手単元を減らすことができました。また理科は基礎がだいぶうまって最後には麻布の理科が得意になり、社会は最後の長文がほぼ毎回満点がとれるようになりました。
受験当日は激励をしている先生が「君なら受かるよ」と言って下さり、その言葉によって僕の緊張が解けて落ちついて試験に臨むことができました。
そして合格発表のとき、合格を知るとすぐに親のところへ走っていきました。エクタスに入っていなければ麻布合格はなかったと思います。 先生方、ありがとうございました。

「長くて短い半年間」
北井 直弥

進学校:聖光学院中
合格校:駒場東邦中・浅野中・東京都市大付属中(U類)・栄東中(東大特待)

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「どうしようかなぁ。」母からエクタスがどのような所なのか聞いたとき、僕はエクタスに行こうかどうか迷っていました。たまプラーザにエクタスの新校舎が開校したのです。前期に通っていた開成ゼミの大野先生や、栄光ゼミナールのクラスの友だちもいるので、とりあえず後期からエクタスに通い始めました。エクタスは、慣れない場所ということもあって、初めは不安もありました。でも、気の合う友だちができたり、授業が楽しくなったりして、エクタスに行くことが楽しみになりました。
そして、あっという間に2月2日の僕の第一志望校である聖光学院中学の入学試験がやってきました。自信のない問題もありましたが、冷静に解いて、なんとかいつも通りに出来ました。2月3日、浅野中学の入学試験が終わってから、合格発表を見に行きました。 結果は、見事合格!初めは過去問もボコボコだったので、合格発表の時は信じられなかったです。ここまで辿り着くことができたのは、社会科の大野先生の力があったからだと思います。通常の授業だけでなく、週に3回の補習もしてもらい、社会の力はぐんぐん伸び、自信もついていきました。
そして、「どうしても、聖光学院に行きたい。」と強く思っていたからというのもあると思います。過去問演習を始めたばかりの時は、算数で150点満点中20点を取ることもありました。その時は、がっくりうなだれたけれども、前を向いて必死に努力しました。「こんなはずじゃなかった。」で終わらせたくなかったのです。入試本番ギリギリまであきらめずに勉強を続けました。
エクタスとは半年間という短いつき合いでしたが、そこで得られたものは、とても大きいものでした。エクタスたまプラーザ校の先生方には、本当に感謝しています。
ありがとうございました!

「栄光の架橋」
柴山 恭佳

進学校:桜蔭中

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私は元々他塾に通っており、そちらでの成績が伸び悩んだため、エクタスにも小6の春から通い始めました。
私は難関中学を受験するためには算数の問題に重点を置き、慣れる必要があると考えたので、最初はスーパー講座の算数だけを受講していましたが、他塾でのそっくり模試や過去問を解いていくうちに「自分は算数よりも国語ができていない」と思うようになり、次第に心配になってきたので国語も受講することにしました。
スーパー講座での滝澤先生の算数の授業や、小島先生の国語の授業は分かりやすく、また、他塾の授業に比べ自由度が高く、自分に合った補習ができたのでとてもためになりました。 しかし、だんだん他塾での日程がつまってきてしまったので、集団でのスーパー講座を受講することが難しくなり、太田先生に個別で補習をして頂きました。その時には、自分の苦手な速さや場合の数などの問題をたくさん解き、「苦手な問題を克服したぞ」というちょっとした安心感や大きな自信につながりました。
そうして迎えた二月二日。前日の本番で「合格した」と確信が持てないまま、不安と緊張の入り混じった気持ちで合格発表を待ちました。二時になり、厳かな雰囲気の中、張り出されていく受験番号。大きな歓声の聞こえる中に私の番号があり、「念願の桜蔭中に受かったんだ」という気持ちがこみ上げ涙が止まりませんでした。その時に久道先生の姿が見え、「嬉し泣きだよね」と声をかけていただき、急にほっとしました。
最後に私が桜蔭中に合格できたのはエクタスの存在が大きかったからだと思います。私にとっての栄光の架橋となったエクタス。先生方、本当にありがとうございました。

「麻布合格への道」
M.S

進学校:麻布中
合格校:本郷中・渋谷教育学園幕張中・東邦大東邦中・栄東中(東大選抜)

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ぼくは4年生の時、エクタスに来ました。もともと理系は強かったのですが、文系は…。 まあ、そのような僕ですら麻布に合格できるように、エクタスは力を伸ばしてくれたのです。
ぼくの受験は作戦勝ちだったと思います。僕の場合、算数・理科で高得点を取り、国語・社会の失点分をカバーするというものです。実際そのようになりましたが、麻布の算数・理科の入試問題で高得点を取るのは難しいです。算数は大矢先生、滝澤先生、太田先生が、理科は久道先生、川島先生が手厚く見てくれたため、高得点が取れるようになったと思います。
文系科目は、社会はある程度取れていましたが、理科ほどではありませんでした。しかし、PA(パーフェクトアプローチ)の時に山武謳カがポイントを教えてくれたので、5点以上は高い得点になったと思います。 国語はあまりにもひどかったので中村先生に個別で見ていただきました。個別授業は80分なのですが、120分近くかけて丁寧に見て下さいました。
そして迎えた入試本番、試験が終わった時に僕は心の中で「受かった」と思いました。
しかし、2月2日には他の学校の合格発表があったようで、学校の友だちでも残念ながら不合格だった人がいたため、だんだん不安になりました。
2月3日、その日は他の中学を受験した後麻布中の合格発表を見に行きました。そして、自分の番号を見つけたときは嬉しさよりも安心の気持ちの方が大きかったです。
ぼくはエクタスに通っていたから麻布中に合格できたのだと思っています。

「はじめての受験」
須藤 秀悟

進学校:武蔵中
合格校:国学院久我山中(ST)・栄東中・西武文理学園中(A特待)

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自分は、四年生の時にエクタスに入った。はじめのうちは、勉強がどういうことなのかよくわからず大変だった。でも、授業を何回か受けているうちにどういうものなのかが少しずつ分かってきた。それでも、勉強は大変だった。記述を書いてもそれが不自然な日本語になってしまうことが多く評価されることもなかったし、表やグラフの読み取りも全くできなかった。だから、志望校は国語・社会・理科の記述問題やグラフの読み取りが出題されない学校にしようと思っていた。
しかし、武蔵中の文化祭を見に行ったとき、そこにいた武蔵中の生徒の何人かがヤギ小屋のさくに寄りかかり何も会話していなかったのを見て、自分がこの学校に入れたら学校生活もうまくやっていけそうだと思い、武蔵を志望校に決めた。
でも、武蔵中の過去問を解いてみると自分の苦手な記述やグラフの読み取りが結構出題されていた。なので、記述の出ない学校を1日に受けた方がいいかと思ってみたりもしたが、過去問を解いていくうちに少しずつ記述力も上達し、グラフも前よりも読み取れるようになったのでなかなか決めきれずにいた。武蔵に願書を提出した時、受験番号が256と知り、なぜか合格出来そうな気がしてきたので武蔵中の受験を決めた。その時から、算数を集中的にやった。
試験当日、校舎に入ってみると教室を案内してくれる学生がいなかった。1月に受験した学校のようにしわのない制服を着たきちんとした姿の学生に教室を案内されると照れてしまうが、そういう学生もいなかったので恥ずかしくなく会場に入れた。やはり武蔵中に縁があるのではないかと思い、合格出来そうな気がしてきた。ただ、あくまでも想像だったので発表を見るまで不安だったが、256の番号を見つけることができて安心した。

「レッツチャレンジ!!」
中尾 心優

進学校:慶應義塾湘南藤沢中等部
合格校:桜蔭中・豊島岡女子学園中・渋谷教育学園渋谷中・浦和明の星女子中・栄東中(東大特待)

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私は、六年生の時に、栄光ゼミナールも続けながらエクタスに入塾しました。エクタスではとても詳しいところまで教えてもらえるし、気になったところを質問すると、最難関校にしか出ないようなさらに詳しいこともわかりやすく説明してくれるので、とても授業が楽しかったです。私の苦手な社会も、先生が空いている日に補習をしてくれたおかげで過去問の得点も少しずつ上がっていきました。心配だった第一志望校の面接も、姿勢や話し方のコツをたくさん教えてもらい、安心できました。
私は五年の時「六年になったらもっと忙しくなって精神的に不安定になりやすい」と聞いていて、「いつかそうなるのかな」と、思っていました。でも、結局六年生の一月三十一日までそう思い続け、気がつけば「え? 明日本番? なんか意外とあっさりしていたな…。」という感じでした。割と平和で楽しい受験勉強だったと思います。
そして迎えた二月一日。先生方の面白い激励もあり、緊張せずに受けられました。今までのアドバイスを振り返って、意識して解きました。しかし、帰ってから答え合わせをするとやはり社会が悲惨な結果で、「まずい」と思いました。第一志望の二月二日の慶應湘南藤沢中も緊張はしなかったのですが、「少しは緊張しろ」と先生に言われたので「すべては今日のため」と言い聞かせて受けました。過去問ではすごく波があった算数も結構でき、無事一次は通れました。四日の二次では桜蔭と豊島岡の合格が確定していたので落ち着いて受けられたのですが、全く予想していなかったことを面接で聞かれて、頑張って答えたものの合格した気がしませんでした。結果を聞いたときは非常に驚き、嬉しくなりました。
今まで一緒に頑張った友達や応援してくれた家族、そして先生方のおかげだと思います。ありがとうございました。

「スランプを乗り越えて」
中村 真輝志

進学校:武蔵中
合格校:巣鴨中・栄東中(東大特待)

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2月2日、校門をくぐる時の僕は、今までにないぐらいに緊張していて、合格発表の掲示板までの道のりは長くも短くも感じられた。そのため、自分の番号を見つけられた時には、ほっとするあまり倒れそうになった。
僕は兄の影響で2年生の頃からエクタスに通うことになった。はじめはパズルのような問題ばかりで勉強が楽しく感じられた。だから算数が一番の得意教科になっていた。ところが6年生になり本格的な過去問を解いてみると思うように得点が取れず、また、僕はメンタルが弱かったため、自分には勉強の才能が無いのではないかと自分を信じきれなくなってしまった。そのせいで問題を解くたびに、どうせ今回も悪い点数だと思うようになってしまい、スランプにおちいってしまった。
そのままスランプを抜け出せずにいたのだが、はじめて解いてみた武蔵の過去問ではそこそこ良い点数が取れたため自信がつき、スランプを抜け出すことが出来た。僕はこのときはじめて、スランプを抜け出すためにはとにかくがむしゃらに目の前の問題を解いていくことが必要であることを知ることができた。
そして2月1日、緊張はあまり感じなかったが、心の底ではすごく緊張していたのだと思う。はじめの国語では得意な物語文が出たため好調であったが、得意の算数が難しく、得点を稼げていなかったので合格しているかは最後まで不安だった。だから合格出来て本当に良かったです。 僕はこの経験で、努力は必ずどこかで報われるということを知ることが出来た。そのため、受験勉強をしてきて本当に良かったと思った。
最後にお世話になった先生方、本当にありがとうございました。

「合格までの道」
七瀬 悠真

進学校:麻布中
合格校:海城中・広尾学園中(医進)・広尾学園中(本科)・栄東中(東大特待)

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ぼくは小学四年生の時にエクタスに入りました。当時ぼくは算数が得意でしたが、他の教科がだめで勉強もあまりやる気になりませんでした。そして成績も下がり、五年生になると別の塾に行ったのですが、六年生になるまで上がったり下がったりでほとんど成績は変わらず、得意だった算数は下がってしまいました。
入試では算数が大事になると知っていたので、ぼくは再びエクタスに戻ることを決意し、算数だけ六年生の前半から通い出しました。すると、別の塾とエクタスでやっているだけあって算数の成績も上がっていき、やる気が出始めました。
ぼくが全教科でエクタスに戻ろうという話が出てきたのは六年生の中ごろでした。その頃から麻布中を目指していましたが、理科や国語の得点があまり取れなかったため、エクタスの「記述も丁寧に見てくれる」という話を聞き、合格のためにもエクタスの方がいいと決断したからです。
麻布特訓のPA(パーフェクトアプローチ)では全教科ともほぼ安定した得点が取れ、全ての教科で合格者と同じくらいの点数が出るようになり、苦手だった記述もコツがつかめてきました。麻布中の国語では知識問題や記号問題では落とせないので、知識の穴を埋めることもしていきました。徐々に知識で落とすこともなくなっていき、エクタスに入る前よりも確実に得点力がついてきました。
しかし、12月頃になって得意科目だった算数で思うように得点できなくなり、そこからは先生が作ってくれた麻布用のプリントや麻布の算数25年分などをこなしていきました。
試験当日はあまり緊張せず、たくさん解いてきた過去問を解くように普通に解けて、試験が終わってもあまり不安はありませんでした。それが三年間の勉強の成果だと思います。
ぼくはただ、与えられたプリントをこなしていただけですが、それを作って下さった先生方、支えてくれた家族に本当に感謝しています。

「貫いた夢」
福田 倫大

進学校:筑波大学付属駒場中
合格校:開成中・栄光学園中・西大和学園中・栄東中(東大特待)

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2016年秋、僕はスランプから抜け出せずにいた。11月の筑駒模試の算数の偏差値は26.2。僕は目を疑った。算数は決して苦手ではない。こんなはずじゃなかった。
4年生からエクタスに通い始め、通常授業を楽しみながら受け宿題もきちんと行ってきた。6年生の夏休み後半からは栄光や渋幕の算数の過去問に精力的に取り組んだ。それなのにこの結果だ。僕は道を断たれた気がした。
そんな時、櫻井先生に「問題をこなすだけになっていないか?量よりも質を重視した方がいい」と言われ、過去問の解き直しを丁寧に行い、計算トレーニングや算数の問題集を毎日着実に解いていった。すると、12月の模試で算数の偏差値が68.8にまで上がり、試行錯誤しながら自力で解決していくという勉強の本質を身に染みて実感した。
また、PA(パーフェクトアプローチ)で行った開成や筑駒の過去問に対しては、志望校別かつ科目別にオリジナルの解き直しノートを作り、確実に自分のものにしていった。特に理科や社会は解説をよく読み、周辺知識まで深く理解し応用力を身に付けた。直前期には取りこぼしていた生物分野の定着を図るため川島先生とプリントを行い、算数は応用力錬成のために他校の難易度の高い問題やプリントを解いては、滝澤先生に見てもらい自信をつけていった。
そして迎えた入試本番。全く緊張せず、むしろどんな問題か楽しみでしょうがなかった。僕はミスが多いことを自覚し、そんなささいなことで落ちたくないと思い全力で取り組んだので悔いはなかった。筑駒合格発表の日、手応えはあったものの緊張しながら1人で掲示板を見に行った。自分の受験番号を見つけた時はホッとしたと同時にじわじわと喜びがこみあげてきた。思えば3年生の時に行った筑駒の文化祭に圧倒され、自分もここに入りたいと強く思い、その決意を最後まで貫いたことが合格につながったのだと思う。
これまで支えてくれた家族や仲間、そして何より僕を鍛え上げてくれたエクタスの先生方、本当にありがとうございました。
最後にこれからの受験生にこの言葉を贈ります。
「今日できることに全力を尽くせ。そうすれば明日、必ず一歩前進している!」
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